[雑題] 人生の手段と目的

手段と目的が出会うとき


Posted by Ryuichi Yamashita on Dec 2, 2016

プログラミングを真剣に学習し始めてから約8か月ほど経ちました。当初はMVC*?何それ?状態で、全くと言っていいほど右も左もわかりませんでした。しかしながら、勉強し始めた最初の頃にみっちりと基礎を学習したおかげで、そして運良く質のいい学習教材に出会えたおかげで、今ではどのフレームワークを学習してもすんなりと理解できるようになってきました。
*MVC:MODEL, VIEW, CONTROLLERという三つの要素のこと。比較的難易度の高いアプリ開発などの際に、効率的な開発を実現する上で避けては通れないプログラミング手法の一つ。

そして今ではパソコンに触っていないと落ち着かなくなってしまうほど(一種の禁断症状とも言えます)プログラミングが好きになってしまいました。30歳にしてこれぞ天職だ!と言えるものに出会えた私は幸せ者かもしれません。

で表題の件なんですが、最近よく考えるのは、人生の手段と目的が一致した瞬間に、人って究極の幸せを手に入れるんじゃないかと思うのです。

例えば、プロサッカー選手。彼らがサッカーを始めた子供の頃、彼らにとって、その時はサッカーをすること自体が目的ではないでしょうか。ただ楽しいからボールを蹴る。そしてずっとやっているうちにプロからスカウトされる。そしてやがて、サッカーはお金を稼ぐ手段にもなるのです。

例えば、サラリーマン。大学を卒業したての新卒サラリーマンにとって、多くの場合、仕事は給料を稼ぐ手段に過ぎません。でも2、3年経ったある日、取引先の人に感謝されたり、同僚に感謝されることで、仕事そのものに楽しみを見出せたとしたら、その瞬間にその人にとって、仕事は生きる目的にもなるのです。

ここで、ここに二人の男女がいたとします。
一人はとある大企業に勤める高給取りのサラリーマン。彼は50歳で部長職扱いですが、出世コースからは外れてしまい、年下の45歳の部長に目の上のたんこぶのように扱われ、好きな仕事は基本的にできません。年下の上司に言われるがまま業務をこなし、毎日18時頃にそそくさと家路につきます。彼にとって、仕事はもはや給料を稼ぐ手段にすぎません。
もう一人は彼が所属している大企業から清掃業務を請け負っている清掃業者の従業員。彼女は彼と同じく50歳ですが、幼い頃から掃除や洗濯が好きでした。汚いものから汚れが取れて、綺麗になった瞬間。その瞬間、なぜか彼女はとても幸せになることができたのでした。決して今の給料は高いものではないものの、毎朝4時頃に起きる生活に何の苦も感じません。むしろ今の仕事が自分には向いていると感じています。彼女にとって、仕事は一種の自己実現の場にもなっているのです。

この二人を比べた時、皆さんはどちらの人生に魅かれるでしょうか。

私は彼女のような人生を送りたいと思います。なぜなら人生の手段と目的が一致した瞬間、幸せを感じることができると思うからです。遅いかもしれませんが、30歳の今になって、プログラミングは私の人生の手段かつ目的になりつつあります。どこまで突き進めるかはっきり言って不明ですが、後悔のない人生を送るために、このまま行けるところまで行きたいと思います。